普通の趣味の学習、マニアックな趣味の学習、AIの学習

 

私はクラシックをよく知らない。興味は少しある。

が、現代美術を楽しむ中で、クラシックを楽しむためにはどうすればいいのか

ふわっと想像はできる。

 


おそらくクラシックを楽しむためには

まずクラシック音楽をよく聴かなければならないと思う。

その次に音楽がどのように作られているか、どのような設計図を元に作られているかをさらっと知っておく。

その後に歴史を学ぶ。

 


他にも細かくあるだろうが、私がクラシックを理解するためにするであろうことは大体こんな感じだろうと思う。

クラシック、ワイン、歌舞伎、など、マニアックな趣味は

何も知らない状態でその文化の文脈で「良い」とされているものを見ても

その良さが十分に分からないことが多い。

その良さを知るためには学ぶ必要がある。

 


思うに、今まで上げたようなものを学ぶことは、単に書物を読み漁ることではない。

それらは感覚と言語のミルフィーユのようになっていて、

感覚(その文脈のノリ)と、言語(その作品の歴史的な位置、当時の情勢、批評)、二つ両方学ぶ必要がある。

 


ただ、普通に好き嫌いの趣味には感覚だけがあって言語はない、と思う。

私も普段はそのような趣味の中に生きている。

言語は縦に積み上がり、感覚は横にフラットにリンクする。

だから流行があり、ただ流れ、移ろっていく。

 


前の記事(画像日記)にも関連するが、ある文化を学ぶために私が最初に取る方法は

膨大な量の感覚の摂取だ。

音楽であれば聴き込み、美術であれば鑑賞、ワインであればとにかく飲みまくることだろうか?

そうすることで全体像をなんとなく掴み、

その文化のノリを取得する。

言語はそのマップになる。

 


最近流行りのAIも同じく膨大な量の情報から一つの解を導き出す。

過去の天気の情報を大量に摂取すれば、未来の天気が分かるようになるのだから、

AIは膨大な情報から、そのアルゴリズムが分かるようになる機械なのだろうか?

それ自体はブラックボックスのようだが。